火星に水はあるのか、そして過去には地球のような海が存在したのかは、火星探査の大きなテーマです。現在の火星は寒く乾燥していますが、水そのものが完全になくなったわけではありません。極域や地下には水の氷があり、地下には液体の水が残っている可能性も研究されています。
さらに、過去の火星に川や湖があったことを示す証拠は数多く見つかっています。海については長年議論が続いてきましたが、2025年の地下レーダー観測や2026年に発表された地形研究によって、北半球に大規模な海が存在したという説を支持する材料が増えています。現在わかっている事実と、まだ仮説の段階にある内容を分けながら整理します。
火星に水はある?過去の海について先に結論

最初に結論を整理すると、現在の火星にも水は存在します。ただし、地球の川や海のような液体の水が地表に広がっているわけではなく、確認されている水の中心は氷や水蒸気、岩石・鉱物に取り込まれた水です。
一方、数十億年前の火星では液体の水が地表を流れ、川や湖をつくっていたことは、多くの観測から強く支持されています。さらに規模の大きな「海」が存在したかについては、以前より確実性が低かったものの、近年は海洋説を支持する証拠が相次いで報告されています。
現在も水はあるが、多くは氷として存在する
国立天文台は、現在の火星表面では液体の水は見つかっていない一方、氷が存在し、地下深くにも大量の水がある可能性があると説明しています。NASAも極域や地下に水の氷が存在することを確認しています。
火星の大気は非常に薄く、地表は低温です。そのため、たとえ氷が一時的に溶けても、地球の湖や海のような液体の水が長期間安定して存在する環境ではありません。「火星に水がある」という表現は、現在の地表に青い海があるという意味ではない点が重要です。
過去に川や湖があった証拠は非常に強い
過去の液体の水については、推測だけではありません。火星には枝分かれした河谷、川が運んだ土砂による三角州、湖底にたまった堆積物など、水が流れたりたまったりしなければ説明しにくい地形が残されています。
NASAの探査車Curiosityはゲール・クレーターで、古代の湖にできたと考えられる堆積層を調査してきました。2023年には、浅い湖の波によって湖底の砂や泥が動いた際に形成されたと考えられる波状の岩石も報告されています。NASAのCuriosity観測結果は、火星に長期間水が存在した時代があったことを具体的に示しています。
「海があった」は川や湖より一段慎重に考える必要がある
川や湖が存在したことと、惑星規模の海が存在したことは同じ確実性ではありません。海洋説では、標高の低い北半球の平原に巨大な水域が広がっていたと考えられていますが、候補となる海岸線の高さが場所によって一致しないことなどが長年の問題でした。
ただし、2025年には地下の海岸堆積物とみられる構造が報告され、2026年には北半球を取り囲む大規模な「大陸棚に似た地形」がNature誌で発表されました。以前より海洋説を支持する材料は明らかに増えています。
| 火星の水に関する内容 | 現在の理解 |
|---|---|
| 現在の水氷 | 極域や地下で確認されています |
| 現在の大気中の水蒸気 | 確認されています |
| 現在の地表を流れる液体の水 | 確実な確認には至っていません |
| 過去の川 | 地形などから非常に強く支持されています |
| 過去の湖 | 堆積物や波の痕跡などから強く支持されています |
| 過去の巨大な海 | 有力な説で、近年さらに証拠が増えています |
| 現在の地下の液体水 | 地震波などから存在する可能性が示されていますが、直接採取されたわけではありません |
火星に昔の川や湖があったとわかる証拠

火星の「水の痕跡」は一種類の観測だけから判断されているわけではありません。地形、岩石、堆積物、鉱物など、異なる方法で得られた証拠が同じ方向を示していることが、過去の液体水を強く支持する理由です。
河谷や三角州が火星各地に残っている
火星を上空から見ると、地球の河川に似た枝分かれした谷が多数確認できます。大量の液体が高い場所から低い場所へ流れ続けたと考えると説明しやすい形です。巨大な洪水によって形成されたとみられる流出路もあります。
特にわかりやすいのが三角州です。三角州は、川が湖や海などの水域へ流れ込む際、運んできた砂や泥が堆積して形成されます。NASAのPerseveranceが探査しているジェゼロ・クレーターにも古代の三角州があり、この場所にはかつて湖が存在したと考えられています。
単に「水に似たものが流れた」というだけでなく、水が蒸発し、雨や雪などによって再び供給される水循環が少なくとも一定期間存在した可能性まで考えられる地形です。
湖底の堆積物や波の跡が見つかっている
ゲール・クレーターではCuriosityの観測から、長期間存在した湖に運び込まれたと考えられる大量の堆積物が確認されています。NASAは2015年、湖が繰り返し拡大・縮小しながら、長い期間にわたって堆積物を残したとする研究結果を発表しました。
さらに2023年に報告された波状の岩石模様は重要です。流れのない地下水だけではなく、地表に開けた浅い湖があり、その水面に波が立っていたと考えることで説明できます。
火星の水というと一度の巨大洪水を想像しがちですが、実際の証拠を見ると、地域によっては湖が存在し、水が流入して堆積物をためる環境が繰り返されていたことがわかります。
水と反応してできる鉱物も確認されている
地形は別の作用によって似た形ができる可能性があります。そのため、火星の水を考えるうえでは岩石や鉱物の情報も重要です。火星では粘土鉱物、硫酸塩など、水との反応によって形成・変質した鉱物が各地で確認されています。
NASAが2024年に紹介したCuriosityの研究でも、古い火星には河谷や三角州、水の存在下で形成された鉱物があり、現在より豊富な液体水が存在したことが説明されています。
地形だけ、鉱物だけという単独の証拠ではなく、複数の観測結果が一致しているため、「昔の火星はずっと現在と同じ乾燥した砂漠だった」という考え方では説明することが難しくなっています。
火星には過去に巨大な海があったのか

過去の海について最も有力な候補地は、火星の北半球に広がる低地です。火星は南半球の高地と北半球の低地で標高が大きく異なるため、大量の水が地表に存在すれば自然に北部へ集まります。
海洋説そのものは古くからありますが、近年は探査車による地下観測と惑星規模の地形解析が加わり、単なる「海岸線らしき線」以外の証拠からも検証できるようになりました。
NASAはかつて火星表面の約20%を海が覆った可能性を示した
NASAの研究チームは2015年、水に含まれる普通の水素と重水素の割合を調べ、初期の火星には現在よりはるかに大量の水があったと推定しました。NASAの発表では、約43億年前の火星には、惑星全体を平均約137メートルの深さで覆えるほどの水があった可能性が示されています。
実際には火星全体へ均等に水が広がるのではなく、標高の低い北半球へ集まるため、当時の地形を使ったモデルでは火星表面のおよそ20%を覆う海になった可能性が示されました。
ただし、この数字は古代の海岸を直接測定した結果ではありません。水素同位体から過去の水量を逆算し、地形と組み合わせた推定です。そのため「火星の海は正確にこの大きさだった」と決まったわけではなく、研究方法によって推定される水量には幅があります。
2025年には地下から海岸堆積物のような構造が見つかった
海洋説を大きく前進させたのが、中国の火星探査車「祝融号(Zhurong)」の地下レーダーデータです。2025年にPNASで発表された研究では、ユートピア平原の地下約10~35メートルに、一定方向へ傾いた多数の地層が確認されました。
研究チームは、地層の傾きや広がりを地球の海岸堆積物と比較し、波や沿岸流によって土砂が供給された海岸環境とよく一致するとしています。約1.3キロメートルにわたって構造が続くことから、小さな一時的な水たまりよりも、大規模で比較的安定した水域の存在が説明しやすいと考えられています。研究内容はPNAS掲載論文で確認できます。
この結果は「過去の海を直接撮影した」という意味ではありませんが、地表から見える形だけではなく、地下に保存された堆積構造から海洋説を検証できた点が重要です。
2026年には火星規模の「大陸棚」に似た地形が報告された
2026年4月、Nature誌には古代火星の海を支持する新しい地形研究が掲載されました。研究者はまず地球から海水を取り除いた場合にどの地形が残りやすいかを解析し、現在の海岸線そのものより、陸から海へ緩やかに続く広大な大陸棚が長期的な海の痕跡として有効であることに注目しました。
同じ方法を火星へ適用すると、北半球に標高約マイナス1,800~マイナス3,800メートルの広大で平坦な帯状地形が存在することがわかりました。さらに、その周辺には河川や三角州、過去に提案されていた海岸線、水によって変質した鉱物なども分布しています。
Caltechの2026年の発表では、この海が存在した場合、火星表面のおよそ3分の1を覆っていた可能性があると説明されています。地形が形成されるには長い時間が必要であることから、数百万年規模で安定した海だった可能性も指摘されています。
それでも海の存在を100%確定とは言い切れない理由
火星の海洋説には反論もあります。代表的なのが、昔の海岸線と解釈されてきた地形の高度が数千キロメートルにわたって一定ではないことです。地球の静かな海なら同じ時期の海面は基本的に等しい高さになるため、長年この問題が海洋説の弱点とされてきました。
2026年のNature研究は「海岸線という細い線」ではなく「大陸棚という広い地形」を指標にすることで、この問題に別の角度から答えました。ただし研究者自身も、将来の探査車による堆積物の確認など、追加検証が必要だとしています。
現時点では「火星に巨大な海があった可能性はかなり高まっている」が適切で、「海の存在が完全に証明され、規模や年代まで確定した」と考えるのは早すぎます。
火星にあった大量の水はなぜ消えたのか

現在の火星と古代の火星を比べたとき、最大の疑問は大量の水がどこへ行ったのかという点です。かつて存在した水のすべてが宇宙へ消えたわけではなく、「宇宙への流出」「地下への移動」「岩石への取り込み」など複数の経路があったと考えられています。
大気が薄くなり、水を地表に保てなくなった
古代の火星は現在より厚い大気を持っていたと考えられています。しかし、長い時間をかけて大気が宇宙空間へ失われました。大気が薄くなると気圧と温室効果が低下し、地表で液体の水を長期間維持することが難しくなります。
水蒸気は太陽からの紫外線などによって水素と酸素に分解されます。特に軽い水素は火星の重力を振り切って宇宙空間へ逃げやすく、こうした過程が長期間続くことで水も減少します。
NASAのHubble宇宙望遠鏡とMAVEN探査機による研究でも、現在まで水素が火星から宇宙へ失われる過程が観測されています。NASAが2024年に発表した研究では、水素と重水素の違いを利用して火星の水の歴史を調べています。
水のかなりの部分は岩石の中に閉じ込められた可能性がある
以前は「火星の水の大部分は宇宙へ逃げた」と説明されることが多くありました。しかし、水と岩石が化学反応すると、水素や水酸基が鉱物の構造に取り込まれます。一度鉱物になった水は、海や大気のように簡単には循環しません。
NASAが2021年に紹介した研究では、古代火星の水の30~99%が地殻の鉱物に取り込まれた可能性が示されています。数字の幅は大きいものの、「消えた水=すべて宇宙へ逃げた」と考える必要はないことを示した研究です。詳細はNASAの解説で確認できます。
つまり現在乾燥して見える火星でも、水を構成する物質の一部は地殻の中に残されている可能性があります。
地下へしみ込み、氷や地下水として残った可能性もある
地表を流れていた水の一部は地下へ浸透したと考えられます。浅い地下では現在も水氷が広く存在しています。さらに十分深い場所では、地中の温度と圧力によって液体の水が維持できる可能性があります。
この点は近年の火星研究で特に注目されています。地震波の解析から地下に液体水を含む層が存在するという研究結果が出ているためです。ただし、地下水については実際に掘削して液体を確認したわけではなく、地震波などを説明するモデルから推定された結果として読む必要があります。
現在の火星の水はどこにあるのか

現在の火星を考えるときは、「氷」「水蒸気」「液体」の3つを分けると理解しやすくなります。特に液体水については、確認済みの事実と間接的な推定が混同されやすいため注意が必要です。
極域と地下には大量の水氷がある
火星の極域には巨大な極冠があります。季節によって二酸化炭素の氷であるドライアイスも増減しますが、その内部には水の氷が存在します。中緯度の地下にも水氷が分布しており、比較的新しい隕石衝突で掘り起こされた氷が観測された例もあります。
火星の水を将来、人間の飲料水や酸素・燃料の原料として利用することを考えた場合、何キロメートルも地下にある仮説上の地下水より、比較的浅い場所の水氷のほうが現実的な資源候補です。
「火星に水はある?」への最も確実な答えは「ある。ただし現在確認されている主要な貯蔵形態は液体の海ではなく氷」です。
地表を流れる液体水は現在も確認されていない
2010年代には、暖かい季節に斜面へ現れる暗い筋「RSL」が塩水の流れではないかと注目されました。2015年には含水塩の検出から液体水との関係が強く示唆され、一時は「現在の火星で液体水が流れている」と大きく報道されました。
その後、斜面の角度などを詳しく調べると、乾いた砂粒が崩れ落ちる現象でも説明できることがわかりました。NASAは2017年、RSLが液体水よりも乾燥した粒子流とよく一致する研究を紹介しています。NASA/JPLの解説でも、現在の火星が非常に乾燥していることが強調されています。
そのため「火星の斜面には毎年、塩水の川が流れている」と考えるのは適切ではありません。短時間の液体や塩水が存在する可能性の研究は続いていますが、地表を安定して流れる水は確認されていません。
地下数キロメートルには液体水がある可能性がある
NASAのInSight着陸機が記録した火震、つまり火星の地震データから、地下の水を推定する研究が進んでいます。2024年のPNAS論文では、地下約11.5~20キロメートルの割れ目の多い岩石が液体水で満たされているモデルが観測データをよく説明すると報告されました。
2025年には別の解析によって、より浅い約5.4~8キロメートルに低速度層が見つかり、水を含む高空隙率の岩石として解釈する研究も発表されています。National Science Review掲載論文では、その層が全球的に存在すると仮定した場合、かなり大きな水量になる可能性が示されています。
ただし、どちらも地下水そのものを採取した観測ではありません。岩石の種類、割れ目の量、温度などの仮定によって解釈が変わるため、地下液体水の量や深さはまだ確定していません。
浅い地下の塩水を示唆する新しい研究もある
2025年12月にNature Communicationsで公開された研究では、InSightが観測した火震の季節変化と温度モデルから、北緯約30度より北の地域で、地下数メートル程度の浅い場所に一時的な高濃度の塩水が生じる可能性が提案されています。
塩が混ざると水の凝固点が低くなるため、純粋な水なら凍る温度でも液体を保てる場合があります。研究では季節による氷と塩水の相変化が火震活動の変化を説明できるとされています。詳細はNature Communicationsの論文で確認できます。
ただし、この研究も「火星の地下から塩水を採取した」という直接証拠ではありません。現在の火星に液体水があるかを考える際には、「存在が確認された氷」と「地震などから推定される液体水」を同じ確実性で扱わないことが大切です。
火星の水や過去の海は生命の存在を意味するのか

火星で水が注目される最大の理由の一つが生命です。地球上の生命には液体水が欠かせないため、長期間水が存在した場所は、過去の生命を探す有力候補になります。しかし、水があったことと生命が存在したことは別の問題です。
古代の火星には生命が生存できる環境があった可能性がある
古代の湖や河川が長期間存在し、水と岩石の化学反応も起きていたなら、少なくとも地球型生命に必要な条件の一部は満たされていたと考えられます。特に湖底の泥や海岸の堆積物は、有機物や微生物の痕跡が保存されやすい可能性があります。
そのためPerseveranceが古代の湖と三角州を持つジェゼロ・クレーターを調べているのも合理的です。2026年のNature研究でも、古代の海岸・大陸棚に相当する堆積物は過去の環境や生命の痕跡を探す重要な候補とされています。
海が数百万年単位で維持されていたのであれば、一時的な洪水しかなかった場合よりも生命に適した環境が長く続いた可能性があります。海洋説が注目されるのは、単に「青い火星」を想像できるからではありません。
現在まで火星生命そのものは確認されていない
川、湖、海の証拠がどれほど増えても、それだけで生命の証拠にはなりません。現在まで、火星に生命が存在する、あるいは過去に存在したことを決定的に示す証拠は確認されていません。
水があっても、温度、酸性度、塩分、放射線環境、必要な化学物質などによって生命が生存できるかどうかは変わります。特に現在の火星表面は大気が薄く、強い放射線にさらされるため、地球の地表と同じような環境ではありません。
「水が見つかったから生命がいる」と考えるのではなく、「生命が存在できた場所を絞り込むために水の歴史を調べている」と理解すると、火星探査の目的がわかりやすくなります。
ニュースを見るときは「確認」と「推定」を区別する
火星の水に関する研究は、「海を発見」「地下水を発見」といった強い言葉で紹介されることがあります。しかし科学論文では、観測したデータと、そのデータを最もよく説明する解釈を分けて記述しているケースが少なくありません。
たとえば水氷の露出は直接的な観測に近いのに対し、地下数キロメートルの液体水は地震波の速度から推定されています。古代の海も、実際の海水が残っているのではなく、地形、地層、鉱物などの痕跡を組み合わせて判断しています。
火星研究では新しい観測によって以前の解釈が修正されることもあります。RSLが「液体水の流れ」から「乾いた砂の流れでも説明可能」と変わった例はその代表です。何が直接観測され、何が観測データから導かれた仮説なのかを区別すると、火星の水に関するニュースを誤解しにくくなります。
火星の水と過去の海についてわかっていることのまとめ
火星には現在も水があります。確実に確認されているのは、極域や地下の水氷、大気中の水蒸気、岩石や鉱物に取り込まれた水です。現在の地表には地球のような川や海はなく、長期間安定して流れる液体水も確認されていません。
一方、過去の火星に液体の水があったことは非常に強く支持されています。河谷、三角州、湖底堆積物、波による岩石模様、水と反応してできた鉱物など、異なる種類の証拠が一致しているためです。
巨大な海については、北半球の低地に存在したという説が有力です。2025年には祝融号の地下レーダーから海岸堆積物に似た地層が報告され、2026年にはNature誌で北半球を取り囲む大規模な大陸棚に似た地形が示されました。過去の海を支持する証拠は以前より強くなっていますが、海の正確な年代、広さ、深さについては研究が続いています。
古代の水はすべて宇宙へ消えたわけではなく、一部は宇宙へ流出し、一部は鉱物や地下の氷として残り、さらに深い地下には液体水が存在する可能性もあります。火星を「昔は水の惑星だったが、今は完全に水がない惑星」と考えるより、水の存在する場所と状態が数十億年かけて大きく変化した惑星と捉えるのが現在の研究に近い理解です。



