月面でコンクリートを作ると聞くと、「水がほとんどない月で、どうやって固めるの?」と疑問に思うかもしれません。実は、地球の普通のコンクリートと同じ作り方にこだわらなければ、水を使わない月面用の建材を作ることは可能です。
有力な方法として研究されているのが、月の砂であるレゴリスと硫黄を混ぜて固める「硫黄レゴリスコンクリート」です。さらに、レゴリスそのものを高温で焼き固める方法なら、セメントも水も使わない建材を作れる可能性があります。
この記事では、月面コンクリートを水なしで作れる理由、硫黄を使う方法と焼結する方法の違い、普通のコンクリートが月面で使いにくい理由、実際に月面基地へ利用するまでに残されている課題をわかりやすく解説します。
月面コンクリートは水なしで作れる?結論は「別の固め方なら可能」

月面で水なしのコンクリートを作る研究はすでに行われています。ただし、「コンクリート」という名称から、地球で道路や建物に使われているセメントコンクリートとまったく同じ材料を想像すると少し違います。
普通のコンクリートは水との化学反応で固まる
地球で一般的に使われているコンクリートは、セメント、水、砂、砂利などを混ぜて作ります。水は単に材料を混ぜやすくするために加えているわけではありません。
セメントに水を加えると「水和反応」と呼ばれる化学反応が起こり、その結果として硬い物質が形成されます。そのため、一般的なセメントコンクリートでは水が重要な材料になります。
月にも水がまったく存在しないわけではありません。NASAによると、月の極域にある永久影などでは水の氷が確認されています。しかし、採掘して精製した水は飲料や生命維持、燃料製造などにも利用できる貴重な資源です。
建設のために大量消費するよりも、水をほとんど使わない建材を開発できれば、月面活動全体として大きなメリットがあります。月の水についてはNASA ScienceのMoon Water and Icesでも紹介されています。
水の代わりに硫黄を「接着剤」のように使える
代表的なのが硫黄を利用する方法です。硫黄を加熱して溶かし、レゴリスと混ぜたあと冷却すると、硫黄が固まってレゴリスの粒子同士を結合します。
つまり、セメントと水による水和反応ではなく、「硫黄を溶かす→レゴリスと混ぜる→冷やして固める」という仕組みです。このため製造工程そのものには基本的に水を必要としません。
NASA関連の研究でも、月レゴリス模擬材と硫黄を組み合わせた「Waterless Concrete」が長年研究されてきました。NASA Technical Reports Serverには、レゴリス模擬材65%と硫黄35%を使用した試験なども記録されています。
レゴリスそのものを焼き固める方法なら結合材も減らせる
さらに大胆なのが、硫黄などの結合材を使わず、月のレゴリス自体を高温にして焼き固める方法です。「焼結」と呼ばれ、粉末状の材料を融点付近まで加熱して粒子同士を接合します。
ESA(欧州宇宙機関)は、月レゴリス模擬材に集光した太陽光を当て、約1000℃まで加熱してレンガ状の物体を造形する実験を行っています。この方式では、原料として基本的にレゴリスとエネルギーがあればよく、水や地球から運んだセメントを必要としません。
「水なしで月面建材を作れるか」という意味なら、硫黄を使う方法だけでなく、レゴリスを直接焼結する方法も有力候補です。
なぜ月面では普通のコンクリートを作るのが難しいのか

月面で普通のコンクリートを作れないと決まったわけではありません。月の資源からセメント原料や水を得る構想もあります。しかし、地球と同じ方法をそのまま持ち込むにはいくつもの問題があります。
水は存在するが自由に大量使用できる資源ではない
かつて月は完全に乾燥していると考えられていましたが、その後の探査によって水の存在が確認されました。特に月の南極・北極付近では、太陽光が届かない永久影に水氷が存在しています。
それなら水を採掘してコンクリートを作ればよいと思えますが、話はそれほど単純ではありません。氷を含むレゴリスを掘削し、水分を取り出し、精製して利用可能な状態にするためには設備とエネルギーが必要です。
しかも水は、宇宙飛行士の生活用水だけでなく、酸素と水素に分解して生命維持やロケット推進剤へ利用することも検討されています。
月面はほぼ真空なので水が扱いにくい
地球と月では周囲の環境も大きく違います。月面には地球のような大気がなく、ほぼ真空の環境です。そのまま液体の水を扱えば、地球上と同じ条件で安定して存在することはできません。
一般的なコンクリートでは、打設したあとも内部で水和反応が進みます。ところが真空中で水分が失われれば、十分な硬化を妨げる可能性があります。
普通のセメントコンクリートを月面で使用する場合には、密閉した環境で製造する、型枠内で水分を逃がさないようにするなど、地球とは異なる施工方法が必要になります。その分だけ建設設備も複雑になります。
建材を地球から大量輸送することも現実的ではない
月面基地を作るために、セメントや砂、砂利、鉄筋などをすべて地球から運ぶ方法も理論上は可能です。しかし、大規模な構造物では必要な資材が膨大になります。
住宅や着陸場、道路、防護壁などを造るたびに何十トン、何百トンという材料を地球から輸送していては、輸送能力と費用が大きな制約になります。
そこで重視されている考え方が「ISRU(In-Situ Resource Utilization)」です。日本語では現地資源利用などと訳され、月に存在する砂や鉱物をその場で資源として利用します。
NASAの月面建設技術でもレゴリスを利用した道路、着陸場、防護壁、居住施設などの研究が続けられてきました。2026年に更新されたNASA TechPortのMMPACTプロジェクト情報でも、月の現地材料を使った大型インフラ建設が主要テーマとして示されています。
水なし月面コンクリートの有力候補「硫黄レゴリスコンクリート」

水を使わない月面コンクリートとして古くから研究され、近年は3Dプリンターとの組み合わせも検討されているのが硫黄レゴリスコンクリートです。英語ではSulfur-Regolith Concrete(SRC)などと呼ばれます。
硫黄を溶かして月の砂を固める
作り方の基本原理は比較的単純です。レゴリスを砂や砂利に相当する材料として使い、そこへ溶融した硫黄を加えます。硫黄は100℃を超える温度で溶けるため、加熱した状態でレゴリスと混合します。
その後、温度を下げれば硫黄が再び固体になり、レゴリス同士を固定します。セメントの水和反応とは異なり、水を加えて化学的に硬化させる必要がありません。
硬化を待つ時間も比較的短く、材料を再加熱すれば再加工できる可能性があることも特徴です。ロボットによる自動施工や3Dプリンティングとの相性が期待される理由の一つです。
研究では一般的なコンクリートに匹敵する強度も確認されている
硫黄を使った材料だから弱いとは限りません。NASA関連研究では、JSC-1と呼ばれる月レゴリス模擬材と硫黄を混ぜた試験体が作られ、圧縮強度などが評価されてきました。
過去の実験では、レゴリス模擬材65%、硫黄35%の試料が使用された例があります。条件によって値は異なるものの、一般的な建設用コンクリートに近い、あるいは上回る圧縮強度を示した研究も報告されています。
近年は3Dプリンターで造形した硫黄レゴリス系材料についても研究が進み、施工速度、積層した層同士の接着、真空環境での耐久性などが検証されています。
重要なのは、「水を使わない」というメリットだけで研究されているわけではない点です。現地資源を利用しながら、建築材料として必要な強さと自動施工の両方を実現できる可能性が注目されています。
月にある硫黄を利用できる可能性もある
硫黄そのものを地球から運べば、水を運ぶ必要はなくても輸送問題は残ります。そこで、月のレゴリスに含まれる硫黄成分を取り出して利用する構想があります。
月にはトロイライト(FeS、硫化鉄)など硫黄を含む鉱物が存在します。NASAの硫黄コンクリート研究でも、月の鉱物から硫黄を取り出して建設材料へ利用する可能性が検討されてきました。
ただし、月面に硫黄が存在するからといって、すぐ大量生産できるわけではありません。鉱物を採掘して運搬し、必要な純度の硫黄を効率よく分離する設備まで含めて成立させる必要があります。
硫黄を使わずレゴリスだけを焼き固める方法もある

月面建設にはもう一つ注目すべき方法があります。レゴリスを高温で焼結・溶融し、石やセラミックのような固い材料に変える方法です。厳密には一般的な意味でのコンクリートとは異なりますが、月面インフラの材料としては非常に有力です。
太陽光を集めてレゴリスを焼結する
月面では大気による雲や雨がなく、日照を得られる場所では太陽エネルギーを利用できます。その光を鏡などで集中させ、レゴリスを高温にする方法が考えられています。
ESAは月レゴリス模擬材を使い、集光した太陽光によって約1000℃まで加熱しながら0.1mmずつ積層し、約20×10×3cmのレンガ状試料を製造する実験を行いました。
この方法の大きな特徴は、地球からセメントや接着剤を運ばなくても、レゴリスそのものを建材へ変えられる可能性があることです。
実験についてはESAの月レゴリス3Dプリント研究で紹介されています。
マイクロ波やレーザーを使う方法も研究されている
レゴリスを加熱するエネルギー源は太陽光だけではありません。マイクロ波、レーザー、電気ヒーターなどを使ってレゴリスを焼結・溶融する方式も研究されています。
例えばレーザーで必要な場所だけを加熱して一層ずつ固めれば、3Dプリンターのように形状を作れます。平らな板状に加工すれば着陸場や道路へ利用でき、ブロックとして作れば防護壁などにも応用できます。
ロケットの着陸地点では、エンジンの噴射によってレゴリスが高速で吹き飛ばされ、周辺設備を損傷させる危険があります。そのため、人が暮らす建物より先に、着陸場や道路、防護壁などでレゴリス固化技術が利用される可能性も考えられます。
最大の弱点は大量の熱エネルギーが必要なこと
材料を地球から運ばなくて済むからといって、簡単な方法とは限りません。レゴリスを焼結するためには非常に高い温度が必要です。
大量の道路や壁を造る場合、処理しなければならないレゴリスも膨大になります。そのすべてを高温にするには発電設備や太陽集光設備が必要で、装置の故障や月の砂による摩耗への対策も欠かせません。
つまり、レゴリス焼結は「材料輸送」を大幅に減らせる代わりに、「エネルギー設備」の重要性が高くなる方式です。
月面建材は材料だけを比較するのではなく、採掘に必要な機械、熱源、電力、施工ロボットまで含めて考える必要があります。
硫黄コンクリートにも月面特有の弱点がある

水が不要で強度も期待できる硫黄レゴリスコンクリートですが、「普通のコンクリートより月面向きだから、そのまま使える」というほど単純ではありません。特に温度と真空は大きな問題です。
高温になる場所では硫黄が弱点になる
硫黄は加熱すれば溶ける性質を利用してレゴリスを固めます。しかし、これは裏を返せば、完成した建材も温度が上がりすぎると軟化・溶融する危険があるということです。
月面は大気がほとんどないため、太陽光を受ける場所と影になる場所で非常に大きな温度差が生じます。NASAの過去の研究でも、約120℃付近を超える環境では硫黄材料の利用が難しくなることが指摘されています。
したがって硫黄コンクリートを利用するなら、施工場所の最高温度を確認する、レゴリスで覆って直射日光を避ける、材料を改良するといった対策が必要になります。
真空中では硫黄の昇華も考えなければならない
月面はほぼ真空なので、地球では問題になりにくい「昇華」も無視できません。昇華とは、固体が液体を経ずに気体になる現象です。
NASAは硫黄レゴリス系材料を真空環境へ置き、硫黄が失われる問題についても試験しています。高温になるほど影響は大きくなるため、長期間使う構造物では材料組成や保護方法の工夫が必要です。
近年の研究では、硫黄系材料へ添加剤を加え、強度向上と昇華の抑制を目指す方法も検討されています。つまり硫黄コンクリートは完成済みの技術ではなく、月面環境に適した配合へ改良している段階と見るほうが正確です。
昼夜の温度変化によってひび割れる可能性がある
コンクリートのような複合材料では、温度が変わるとそれぞれの材料がわずかに膨張・収縮します。レゴリスと硫黄で膨張率が異なれば、その境界部分に力が加わります。
NASAの過去の実験では、硫黄コンクリートを大きな温度変化に繰り返しさらしたところ、強度が大幅に低下した例も報告されています。材料同士の熱膨張の違いによって亀裂や剥離が発生したことが原因の一つと考えられています。
結局、月面基地は何で造るのが現実的なのか

月面基地の材料を「普通のコンクリート」「硫黄コンクリート」「焼結レゴリス」のどれか一つに決める必要はありません。それぞれ得意な用途が違うため、複数の技術を組み合わせる可能性が高いと考えられます。
| 方法 | 水 | 主なメリット | 主な課題 |
|---|---|---|---|
| 普通のセメントコンクリート | 必要 | 地球で豊富な建設実績がある | 水の確保、真空中での硬化、材料製造 |
| 硫黄レゴリスコンクリート | 基本的に不要 | 硬化が速く、3Dプリントにも利用できる可能性がある | 高温、昇華、温度変化、硫黄の採取 |
| レゴリスの焼結・溶融 | 不要 | 現地のレゴリスを直接利用できる | 大量の熱エネルギーと大型設備が必要 |
| ジオポリマー系材料 | 配合によって使用 | レゴリス中のケイ素・アルミニウムを活用できる可能性がある | 反応材料、水の回収、真空環境での施工 |
着陸場や道路なら焼結レゴリスが合理的
人が直接生活する必要のない着陸場、道路、防護壁などでは、レゴリスをそのまま焼結する方法が魅力的です。多少粗い仕上がりでも目的を果たせるため、複雑な材料を使用する必要がありません。
特に着陸場では、ロケット噴射による砂の飛散を防ぐため、地表を固化すること自体に大きな意味があります。レゴリスを掘り、運び、平らにし、焼き固める作業を無人ロボットで行えるようになれば、宇宙飛行士が到着する前にインフラを整備することも考えられます。
防護壁なら大量のレゴリスを使う価値が大きい
月面では地球のような厚い大気や磁場による放射線防護を期待できません。居住施設では宇宙放射線や微小隕石への対策が必要です。
そこで、地球から運んだ気密性のある居住モジュールの周囲を現地のレゴリスで覆う方法が考えられています。この場合、レゴリスをすべて高品質な構造材に変える必要はなく、ブロックや防護壁として利用するだけでも価値があります。
月面建設では、地球の住宅のように「コンクリートの壁だけで建物を完成させる」という発想に限定しないことが重要です。
人が暮らす部分は地球製材料との組み合わせが現実的
宇宙飛行士が暮らす施設には、空気を内部に閉じ込める気密性能が必要です。月面の外側はほぼ真空なのに対し、居住空間には一定の圧力があります。
レゴリス系材料は圧縮力には強くても、ひび割れを完全に防いで気密性を長期間維持する用途には別の対策が必要です。そのため、地球から持ち込んだ金属製・複合材料製・膨張式の気密構造を内側に設置し、その周囲を月で作った建材で覆う構成は合理的です。
月面では「建物をすべて現地材料で作る」より、「重くて大量に必要な部分をレゴリスで作り、高性能が必要な部分だけ地球から運ぶ」ほうが現実的です。
2026年時点では実際の月面建設より研究・実証の段階
水なしの月面建材にはさまざまな実験結果がありますが、現在の月面に硫黄コンクリート製の住宅やレゴリス3Dプリンター製の基地が存在するわけではありません。
NASAなどではレゴリスの掘削、運搬、材料化、積層造形、自動施工などを研究してきました。日本でも国土交通省が「宇宙建設革新プロジェクト」を進め、月面建設を想定した無人施工などの技術開発が行われています。
2026年時点で注目すべきなのは、単に強い材料を作る研究から、ロボットが月面の砂を掘り、運び、実際の構造物へ加工する一連のシステムの研究へ広がっている点です。
つまり「水なしコンクリートを作れるか」という材料単体の問題だけでなく、「月面で自動的かつ大量に施工できるか」が実用化を左右します。
月面コンクリートを水なしで作ることは可能だが、普通のコンクリートとは違う
月面でも、水を使わないコンクリート状の建材を作ることは可能です。代表的なのが、月の砂であるレゴリスを硫黄で固める硫黄レゴリスコンクリートです。水との化学反応ではなく、硫黄を加熱して溶かし、冷却して固めるため、基本的に水を必要としません。
さらに、レゴリスを太陽光、レーザー、マイクロ波などで高温にして焼結・溶融すれば、水だけでなくセメントや硫黄すら使わず、月の砂そのものから道路やレンガ、防護壁を作れる可能性があります。
一方で、硫黄には高温や真空中での昇華という問題があり、焼結には大量のエネルギーが必要です。月面の極端な温度変化、放射線、微小隕石、レゴリスによる機械の摩耗なども考えなければなりません。
そのため現実的な月面基地では、すべてを一種類の「月面コンクリート」で作るのではなく、居住空間など高性能が必要な部分は地球から運び、道路・着陸場・防護壁など大量の材料が必要な部分を現地のレゴリスで作るという使い分けが有力です。水なしの月面建材はすでに原理だけのアイデアではなく具体的な試験が進んでいますが、月面で大規模施工するためには、材料技術と無人建設技術の両方を完成させることが今後の課題です。


