「はやぶさ2は、リュウグウのサンプルを地球へ届けたのに、なぜ1998 KY26へ行くの?」と疑問に思う人も多いでしょう。1998 KY26は直径約11m、自転周期約5分という、これまで探査機が間近で詳しく調べたことのない極めて小さく高速で回転する小惑星です。
はやぶさ2が向かう理由は、単に燃料が余ったからではありません。未知の小型小惑星を調べる科学的価値、将来の深宇宙探査に必要な技術の実証、さらに小惑星衝突に備えるプラネタリーディフェンスへの貢献という複数の目的があります。1998 KY26が選ばれた経緯と、2031年に何を目指しているのかをわかりやすく解説します。
はやぶさ2は1998 KY26へなぜ行く?大きな理由は3つある

結論からいうと、はやぶさ2が1998 KY26へ向かう目的は「余った燃料を使うため」だけではありません。JAXAは拡張ミッションの意義として、高速自転する小型小惑星の探査、長期間にわたる宇宙航行技術の向上、プラネタリーディフェンスにつながる科学・技術の獲得を掲げています。
人類未踏の「高速自転する超小型小惑星」を調べられる
これまで探査機が訪れた小惑星には、イトカワ、リュウグウ、ベンヌなどがあります。しかし、1998 KY26ほど小さく、しかも数分という短時間で1回転する天体を探査機がランデブーして詳しく観測する試みは前例がありません。
小惑星はサイズによって性質が大きく異なる可能性があります。数百mから1km級の小惑星について分かったことが、そのまま10m級の小惑星にも当てはまるとは限りません。1998 KY26へ行けば、小惑星研究の空白になっている領域を直接調べられます。
リュウグウ探査と比較することで小惑星への理解が深まる
はやぶさ2が最初に詳しく調査したリュウグウは、直径約1kmのC型小惑星です。それに対して1998 KY26は、現在では直径約11mと考えられています。同じ「小惑星」と呼ばれていても、サイズには非常に大きな差があります。
大きさや自転速度の異なる天体を同じ探査機の観測機器で調べられる点も重要です。リュウグウで得たデータと比較すれば、「小惑星は小さくなると表面や内部構造がどう変わるのか」といった問題を考える手掛かりになります。
長期間飛び続ける探査機の技術そのものが研究対象になる
はやぶさ2は2014年12月に打ち上げられました。1998 KY26への到着予定は2031年7月なので、実現すれば打ち上げから16年以上が経過した探査機を深宇宙で運用することになります。
もともとはリュウグウからのサンプルリターンまでを想定して設計された探査機です。その機体をさらに長期間運用し、イオンエンジンや各種機器が宇宙環境でどのように変化するかを調べること自体が、将来の長距離宇宙探査に役立つ貴重な経験になります。
| 1998 KY26へ行く主な理由 | 得られるもの |
|---|---|
| 高速自転小型小惑星の探査 | 10m級の小惑星の形状・表面・自転などを現地で調べる |
| 長期航行技術の実証 | 長寿命の探査機運用やイオンエンジンに関する知見を得る |
| プラネタリーディフェンス | 地球へ接近する小型天体への理解と対応技術を高める |
1998 KY26とは?直径約11mで約5分に1回転する特殊な小惑星

1998 KY26が目的地として注目される最大の理由は、その極端な小ささと自転の速さです。古い資料では「直径約30m、自転周期約10.7分」と紹介されることがありますが、現在は観測結果が更新されています。
現在の推定直径は約11m
1998 KY26は1998年に発見された地球接近小惑星です。以前はレーダー観測などから直径約30mと推定されていましたが、2024年の地上観測と過去のレーダーデータを組み合わせた研究により、直径は約11±2mと推定されました。
2025年にNature Communicationsで発表された研究では、自転周期も従来考えられていた値より短い約5.35分と求められています。現在のJAXA・宇宙科学研究所の紹介でも、1998 KY26は直径約11m、自転周期約5分の天体として説明されています。
約5分で1回転する「Fast Rotator」
自転周期約5.35分ということは、地球の1日が24時間なのに対し、1998 KY26ではわずか数分で天体の向きが一周します。このように非常に速く回転する小惑星は「Fast Rotator(高速自転小惑星)」と呼ばれます。
直径11mほどしかない天体が高速で回り続けながら、どのように形を保っているのかは重要な研究テーマです。2025年の研究では、内部が一枚岩のような構造である可能性だけでなく、小さな岩石などが集まった「ラブルパイル」と呼ばれる構造である可能性も完全には排除されていません。
小さすぎるため地球からでは分からないことが多い
11m程度の小惑星は非常に暗く、地球から観測できる機会も限られます。大望遠鏡を使ったとしても、遠方から写真を撮るだけで岩や砂粒まで見分けられるわけではありません。
地上観測から自転周期や明るさ、ある程度の形状などを推定することはできますが、表面が岩だらけなのか細かな粒子に覆われているのか、内部がどのような構造なのかといった情報には限界があります。だからこそ、探査機が実際に近づく意味があります。
1998 KY26の最新研究については、Nature Communicationsの研究論文、現在のミッション概要についてはJAXA宇宙科学研究所の「はやぶさ2」紹介ページで確認できます。
高速自転する1998 KY26だからこそ分かることがある

1998 KY26の探査は、単に珍しい小惑星の写真を撮るためのものではありません。「小さな小惑星はどのようにでき、どのような状態で存在しているのか」という、太陽系科学の基本的な問題につながっています。
重力が非常に弱い世界を直接調べられる
小惑星は小さくなるほど重力も弱くなります。1998 KY26は直径約11mしかないうえ、高速で自転しています。そのため、表面付近では自転による遠心力の影響が非常に大きくなり、JAXAは遠心力が小惑星自身の重力を上回る特殊な環境になると説明しています。
地球の感覚で考えると「地面に置いた物は重力で下へ落ちる」のが当然ですが、このような天体では事情が違います。物体を落としたときにどのような動きをするのか、表面の物質がなぜ宇宙空間へ飛び散らず存在できるのかなど、興味深い問題があります。
小惑星がバラバラにならない理由を探れる
リュウグウは、多数の岩石などが重力によってゆるく集まったラブルパイル天体だと考えられています。しかし、非常に小さく高速で回転する天体では、重力だけで構造を維持することが難しくなります。
そこで重要になるのが、岩石そのものの強度や粒子同士が結び付く力です。1998 KY26の形状や表面状態、自転の様子を間近から確認できれば、「直径数mから数十m程度の小惑星が高速で自転しながら存在できる理由」を検証する材料になります。
ターゲットマーカを落とすだけでも新しい実験になる
はやぶさ2プロジェクトでは、1998 KY26到着後の候補としてターゲットマーカ投下なども検討されています。ターゲットマーカとは、はやぶさ2がリュウグウへの着陸時にも使用した目印です。
ただし、1998 KY26では重力が非常に弱く、しかも高速で自転しています。同じ装置を落としてもリュウグウと同じ動きをするとは限りません。JAXAも、この特殊な環境でターゲットマーカがどのように振る舞うかは科学的に興味深いとしています。
つまり1998 KY26では、観測対象だけでなく「どうやって安全に接近し、探査するか」という探査方法そのものが研究テーマになります。
1998 KY26への探査はプラネタリーディフェンスにもつながる

はやぶさ2の拡張ミッションで重要性が増しているテーマが、プラネタリーディフェンスです。これは小惑星や彗星などが地球へ衝突する危険を把握し、必要に応じて被害を防いだり減らしたりするための取り組みを指します。
「1998 KY26が地球へ衝突するから行く」わけではない
ここは誤解しやすいポイントです。はやぶさ2が1998 KY26へ向かっている理由は、「1998 KY26が近い将来地球へ衝突すると判明したため、危険を排除しに行く」というものではありません。
重要なのは、1998 KY26が地球近傍に存在する非常に小さな天体であり、そのサイズの小惑星について人類がまだ十分な現地情報を持っていないことです。将来、別の小型小惑星が地球への衝突コースにあると分かった場合、その性質を理解しているかどうかは対策を考えるうえで大きな違いになります。
小型小惑星は発見や詳細観測が難しい
直径数百m以上の小惑星であれば比較的早く発見できる可能性がありますが、10m級の天体は暗いため、遠くにある段階で詳しく調べることが難しくなります。それでも地球へ高速で接近すれば、サイズや速度などの条件によっては無視できない影響を及ぼす可能性があります。
問題は、「小さな天体が実際にはどのような形で、どの程度の強度を持ち、表面や内部がどうなっているのか」という実物データが少ないことです。1998 KY26は、その空白を埋められる貴重な対象といえます。
小惑星へ正確に接近する技術も地球防衛につながる
プラネタリーディフェンスでは、小惑星を発見するだけではなく、将来的には探査機を正確に誘導して接近させたり、必要に応じて小惑星の軌道をわずかに変えたりする技術も重要になります。
はやぶさ2は1998 KY26へ向かう途中の2026年7月5日に、小惑星トリフネへ高速で接近して観測するフライバイを実施しました。JAXAは、このような高精度の軌道誘導技術について、小惑星への意図的な軌道変更に応用できる技術の蓄積という意味でも説明しています。
したがって、はやぶさ2♯の価値は2031年の1998 KY26到着だけではありません。そこへ至る航行やフライバイで獲得する技術も、将来の地球防衛につながる成果になります。
なぜ数ある小惑星から1998 KY26が選ばれたのか

「科学的に面白い天体なら、もっと別の小惑星でもよかったのでは」と感じるかもしれません。実際、最初から1998 KY26だけを目標にしていたわけではありません。残された燃料で到達可能か、探査機が耐えられる環境か、科学的な価値があるかなどを検討した結果として選ばれています。
リュウグウ往復後もイオンエンジンの燃料が残っていた
はやぶさ2は2020年12月6日、リュウグウの試料が入ったカプセルを地球へ届けることに成功しました。ただし探査機本体は地球へ着陸せず、カプセルを切り離したあと再び深宇宙へ向かいました。
地球帰還時点で、イオンエンジンに使う推進剤のキセノンが半分近く残る見込みだったことから、新たな探査を行える可能性がありました。そこでJAXAは、残った能力で到達できる天体の検討を開始しています。
最初の候補は354天体あった
JAXAが残燃料などを考慮して到達できる天体を探したところ、当初354天体が候補になりました。ただ「行ける」というだけでは目的地にはなりません。
必要な軌道変更量、対象天体の軌道がどこまで正確に分かっているか、探査機を安全に運用できるかといった工学条件に加え、天体の大きさ、自転速度、タイプなど科学的な価値を考慮して絞り込みが行われました。
最終候補となったのが「2001 AV43」と「1998 KY26」です。この選定経緯は、JAXAはやぶさ2プロジェクトの拡張ミッション解説でも公開されています。
2001 AV43より1998 KY26のほうが探査機への負担を抑えられた
2001 AV43へ向かう案では、金星の近くを通過するスイングバイが必要でした。ところが金星軌道付近まで太陽へ近づくと、はやぶさ2が当初想定していた温度環境より厳しくなり、搭載機器の許容温度やイオンエンジンの運転条件が問題になります。
一方、1998 KY26へ向かうルートでも設計時の想定を超える条件はありますが、検討の結果、金星へ接近する2001 AV43案より成立性が高いと判断されました。そこで2020年9月、1998 KY26を最終目的地とするルートが選ばれています。
1998 KY26が選ばれたのは「最も面白い小惑星だったから」という一つの理由だけではなく、科学的価値と残燃料、航行ルート、探査機の温度条件などを合わせて判断した結果です。
2031年の1998 KY26到着まで、はやぶさ2は何をするのか

1998 KY26への旅は、地球から一直線に向かう単純なものではありません。太陽の周囲を航行しながら小惑星のフライバイや地球スイングバイを行い、少ない燃料で2031年のランデブーを目指します。
2026年7月には小惑星トリフネのフライバイに成功
はやぶさ2は1998 KY26への途中にある小惑星2001 CC21を観測対象とし、この天体には「トリフネ」という名称が付けられました。2026年7月5日、はやぶさ2はトリフネの近くを秒速約5kmの相対速度で通過しながら観測するフライバイ探査を実施しました。
JAXAはフライバイ探査を成功と発表しており、その後の7月9日からイオンエンジンの運転を再開しています。つまり2026年9月時点では、1998 KY26への旅は計画段階だけではなく、すでに重要な中間ミッションを一つ終えています。
2027年と2028年に地球スイングバイを行う予定
次の大きなイベントは2027年12月の地球スイングバイです。その後、2028年6月にも地球スイングバイが予定されています。
スイングバイは、惑星などの重力と公転運動を利用して探査機の進行方向や速度を変える航法です。ロケットやイオンエンジンだけですべての軌道変更を行うより、推進剤を節約できます。残された燃料で長期間飛行するはやぶさ2にとって重要な航法です。
| 時期 | 主な出来事 |
|---|---|
| 2020年12月 | リュウグウのサンプルカプセルを地球へ届け、拡張ミッションへ |
| 2026年7月5日 | 小惑星トリフネをフライバイして観測 |
| 2027年12月 | 地球スイングバイ予定 |
| 2028年6月 | 2回目の地球スイングバイ予定 |
| 2031年7月 | 1998 KY26へランデブー予定 |
2031年は「通過」ではなくランデブーを目指す
トリフネでは高速で近くを通過するフライバイでしたが、1998 KY26ではランデブーを目指します。ランデブーとは、単にすれ違うのではなく、探査機の軌道や速度を対象天体に合わせ、近くにとどまりながら観測できる状態にすることです。
しかし、直径約11mしかない天体を遠方から発見し、位置を正確に把握して接近するだけでも難易度は高くなります。しかも相手は約5分で1回転しています。リュウグウで培った光学航法などを生かしながら、新しい運用方法が必要になると考えられます。
タッチダウンやサンプル採取が確定しているわけではない
「1998 KY26でもリュウグウのように着陸して石を持ち帰るのか」と考える人もいるでしょう。しかし、今回の拡張ミッションはリュウグウと同じサンプルリターンミッションではありません。
JAXAはこれまでターゲットマーカの投下やタッチダウンなどへの挑戦可能性にも言及していますが、実際にどのような近接運用を実施できるかは、探査機の状態や1998 KY26到着後に判明する環境などにも左右されます。
はやぶさ2は本来の計画を大きく超えて運用される探査機です。2031年までに機器がどの程度使用できるかも重要であり、「必ずリュウグウと同じことをする」と考えるのは適切ではありません。
はやぶさ2が1998 KY26へ行く理由をまとめると「次世代の小惑星探査への挑戦」
はやぶさ2が1998 KY26へ行くのは、リュウグウ探査後に燃料が残ったためだけではありません。残された探査機を活用して、これまで人類が現地探査したことのない直径約11m・自転周期約5分という高速自転小惑星へ挑戦できることに大きな価値があります。
1998 KY26を調べれば、小型小惑星の形や内部構造、高速自転しても崩れない理由、極めて弱い重力環境などを知る手掛かりになります。リュウグウとの比較によって、小惑星のサイズによる違いを理解するうえでも重要です。
加えて、10年以上に及ぶ深宇宙航行、2026年に成功したトリフネの高速フライバイ、2027年と2028年に予定される地球スイングバイ、そして超小型天体への精密なランデブーは、将来の小惑星探査やプラネタリーディフェンスに生かせる技術の蓄積になります。
1998 KY26への旅は、終わったはずのはやぶさ2を延命しているだけのミッションではなく、リュウグウで得た成果を使って「人類がまだ知らないサイズの小惑星」へ探査領域を広げるミッションです。2031年7月にランデブーが実現すれば、はやぶさ2は小惑星探査の新しい領域を切り開くことになります。



