宇宙飛行士は宇宙酔いをどう対策する?原因・薬・訓練・何日で慣れるかを解説

宇宙飛行士は宇宙酔いをどう対策する?原因・薬・訓練・何日で慣れるかを解説
宇宙飛行士は宇宙酔いをどう対策する?原因・薬・訓練・何日で慣れるかを解説
宇宙生活と宇宙ステーション

宇宙飛行士も、宇宙へ行くと「宇宙酔い」を起こすことがあります。厳しい訓練を積んでいるのに、なぜ酔ってしまうのか、どのような対策をしているのか疑問に思う人も多いでしょう。

宇宙酔いは、微小重力によって目・内耳・筋肉などから脳へ届く情報のバランスが変わることが主な原因と考えられています。薬や行動上の工夫、事前訓練などの対策がありますが、現在でも「これをすれば必ず防げる」という方法が確立しているわけではありません。

この記事では、宇宙飛行士の宇宙酔い対策を中心に、起こる原因や症状、どれくらいで治まるのか、地上の乗り物酔いとの違いまでわかりやすく説明します。

  1. 宇宙飛行士の宇宙酔い対策は「完全に防ぐ」より症状を抑えて適応することが基本
    1. 症状が強い場合は酔い止めなどの薬を利用する
    2. 宇宙へ到着した直後は頭を激しく動かしすぎない
    3. 数日かけて脳が微小重力環境へ適応する
  2. 宇宙飛行士が宇宙酔いする原因は感覚情報の「食い違い」が有力
    1. 地上では目・内耳・筋肉の情報を組み合わせて姿勢を判断している
    2. 目では「上下」が見えても身体は重力による上下を感じにくい
    3. 頭の方向へ体液が移動する影響も研究されている
  3. 宇宙酔いでは吐き気だけでなく頭痛や倦怠感も起こる
    1. 主な症状は吐き気・嘔吐・頭痛・めまいなど
    2. 宇宙へ行ってすぐに症状が出やすい
    3. 多くは数日で適応するが個人差がある
  4. 宇宙酔いを防ぐために宇宙飛行士はどんな訓練をしている?
    1. 回転装置や模擬環境を利用した研究が行われてきた
    2. 自律神経の反応をコントロールするAFTEも研究されている
    3. 新しい前庭刺激技術なども研究対象になっている
  5. 地上で乗り物酔いしない人でも宇宙酔いする可能性がある
    1. 船酔いの強さと宇宙酔いの強さは単純には一致しない
    2. 宇宙飛行士だから宇宙酔いしないわけではない
  6. 宇宙に慣れた後も地球へ帰ると「重力酔い」が起こることがある
    1. 宇宙に適応した脳には地球の1Gが再び新しい環境になる
    2. 帰還後はバランスや歩行能力も重要になる
    3. 薬だけでは解決できない理由もここにある
  7. 宇宙飛行士の宇宙酔い対策は薬と適応支援を組み合わせて考える

宇宙飛行士の宇宙酔い対策は「完全に防ぐ」より症状を抑えて適応することが基本

宇宙飛行士の宇宙酔い対策では、薬によって症状を抑える方法だけでなく、激しい頭の動きを避ける、微小重力環境への適応を促す訓練を行うといった複数の方法が研究・利用されています。

重要なのは、宇宙酔いを100%予防できる方法があるわけではなく、症状を軽減しながら脳と身体が新しい重力環境へ適応することが基本になる点です。

症状が強い場合は酔い止めなどの薬を利用する

宇宙酔いへの代表的な対策の一つが薬です。宇宙飛行や地上での研究では、プロメタジンやスコポラミンなど、乗り物酔いに関係する症状を抑える薬が検討されてきました。

2023年に発表された宇宙酔い対策のシステマティックレビューでも、薬を使う対策と薬を使わない対策の双方で症状を軽減した研究が報告されています。特にプロメタジンやスコポラミンは、宇宙飛行を含む研究で比較的多く検討されてきた薬です。

ただし、こうした薬には眠気、疲労感、口の渇き、感覚運動機能への影響などが報告されています。宇宙飛行士は複雑な機器を操作するため、単純に「酔い止めを飲めば解決」とはいきません。

宇宙飛行士に使用される薬は、宇宙医学の専門家による健康管理や運用計画のもとで使用されます。宇宙飛行での薬の種類や使い方を、一般の乗り物酔いにそのまま当てはめることはできません。

宇宙へ到着した直後は頭を激しく動かしすぎない

微小重力環境へ入った直後は、頭を大きく動かすことが宇宙酔いを誘発する刺激になる場合があります。JAXAも、宇宙飛行初期に宙返りなどをすると、吐き気や嘔吐につながる可能性があると説明しています。

これは、頭を動かすことで内耳から届く回転の情報と、微小重力環境で変化した重力・姿勢の情報との食い違いが大きくなるためと考えられます。そのため、適応が十分に進んでいない時期には、不必要に大きな頭の動きを増やさないことが現実的な対策になります。

数日かけて脳が微小重力環境へ適応する

宇宙酔いには、人間の適応能力そのものも大きく関係します。宇宙へ到着した当初は混乱していた感覚情報を、脳が次第に新しい環境に合わせて処理できるようになります。

JAXAは、宇宙酔いは多くの場合、宇宙に数日滞在することで治まってくると説明しています。NASAも宇宙酔いが飛行初期に起こりやすいことを示しており、長期間ずっと同じ強さの症状が続くものではありません。

宇宙酔い対策は「酔わない身体を作る」というより、症状が問題になる時期を薬や行動上の工夫で乗り切り、脳が新しい重力環境へ適応するのを支えるものと考えると理解しやすいでしょう。

宇宙飛行士が宇宙酔いする原因は感覚情報の「食い違い」が有力

宇宙酔いの原因は完全に解明されているわけではありません。ただし、有力な考え方の一つが、視覚、前庭感覚、体性感覚から脳へ届く情報が一致しなくなる「感覚のミスマッチ」です。

地上では目・内耳・筋肉の情報を組み合わせて姿勢を判断している

私たちは普段、自分の身体がどちらを向いているのかを目だけで判断しているわけではありません。目から得られる視覚情報に加え、耳の奥にある前庭器官、筋肉や関節などから得られる体性感覚を脳が統合しています。

前庭器官は身体の回転や加速度、重力に関係する情報を脳へ伝える重要なセンサーです。地上では常に重力が一定方向へ働いているため、脳は長年の経験によって、それぞれの感覚情報を自然に組み合わせられます。

ところが宇宙船や国際宇宙ステーションのような微小重力環境では、地上で当たり前だった重力に関する情報が大きく変わります。その結果、脳が予想している情報と実際に届く情報にずれが生じます。

目では「上下」が見えても身体は重力による上下を感じにくい

宇宙船の内部には床や壁、天井があるため、視覚的には上下を設定できます。しかし微小重力環境では、地上のように身体が床へ引っ張られる感覚がありません。

そのため、目から入る情報では一定の方向が「上」に見えていても、内耳や筋肉から入る情報は地上とは異なります。宇宙飛行士が身体を回転させたり、別の宇宙飛行士が自分とは違う方向を上下として活動していたりすると、空間認識がさらに複雑になります。

JAXAの解説でも、宇宙では視覚情報と内耳・深部体性感覚の情報のミスマッチや混乱が、宇宙酔いや空間識失調の原因になるとされています。

頭の方向へ体液が移動する影響も研究されている

感覚情報の食い違いだけが宇宙酔いの原因として考えられているわけではありません。微小重力では地上のように血液などの体液が下半身へ引っ張られないため、体液が頭部側へ移動します。

宇宙飛行士の顔が地上よりむくんで見えるのも、この「体液シフト」が関係しています。頭部への体液移動が内耳などに影響し、宇宙酔いに関係している可能性も研究されてきました。

現時点では原因を一つだけに限定するより、重力環境の急変によって複数の感覚・生理的変化が起こり、その中でも感覚情報の不一致が重要な役割を持つと考えるほうが適切です。

宇宙酔いでは吐き気だけでなく頭痛や倦怠感も起こる

「酔い」という名前から吐き気だけを想像しがちですが、宇宙酔いにはさまざまな症状があります。程度にも大きな個人差があり、ほとんど問題にならない宇宙飛行士がいる一方、活動に影響するほど症状が強く出る場合もあります。

主な症状は吐き気・嘔吐・頭痛・めまいなど

宇宙酔いで報告されている主な症状には、吐き気、嘔吐、めまい、頭痛、倦怠感、疲労、食欲低下などがあります。2023年のシステマティックレビューでは、冷や汗なども症状として挙げられています。

症状の種類 代表的な症状
胃腸に関係する症状 吐き気、嘔吐、食欲低下
平衡感覚に関係する症状 めまい、方向感覚の混乱、ふらつく感覚
全身症状 倦怠感、疲労感、頭痛、冷や汗など

宇宙飛行士の仕事では正確な判断や機器操作が求められるため、本人が不快に感じるだけでなく、作業能力への影響を抑えるという観点からも対策が重要になります。

宇宙へ行ってすぐに症状が出やすい

宇宙酔いは、身体が地上の重力環境から微小重力環境へ切り替わった直後に起こりやすいのが特徴です。JAXAによれば、早い人では宇宙空間へ入って数分から数時間以内に吐き気や嘔吐が現れることがあります。

研究によって発症率の数字には違いがありますが、珍しい症状ではありません。2023年のレビューでは、宇宙飛行士の約70%が宇宙酔いを経験するとされています。一方、NASAの資料には約50%とする説明もあり、対象となった飛行や症状の定義などによって数値には幅があります。

「宇宙飛行士の何%が宇宙酔いするか」は資料によって異なります。おおむね多くの宇宙飛行士が経験する現象と考えるのが適切で、特定の数字だけを絶対的な発症率として扱わないほうがよいでしょう。

多くは数日で適応するが個人差がある

宇宙酔いは通常、宇宙滞在中ずっと続くわけではありません。JAXAの宇宙酔いに関する解説では、通常3日から5日以内に症状が消失するとされています。

NASAのPsychophysiology Research Laboratoryでは、宇宙酔いについて飛行中1~3日程度続くことがあると説明しています。一方、古川聡宇宙飛行士が自身の長期滞在について紹介したJAXA資料では、宇宙滞在開始から約1週間で症状が消失した例もあります。

つまり「3日目になれば必ず治る」というものではありません。症状の程度や適応にかかる時間には個人差があり、数日程度を中心に考えながらも、人によって長短があると理解するのが正確です。

宇宙酔いを防ぐために宇宙飛行士はどんな訓練をしている?

宇宙飛行士は飛行前にさまざまな訓練を受けますが、宇宙酔いについては「訓練すれば絶対に発症しなくなる」と考えるのは正確ではありません。宇宙特有の微小重力環境を地上で完全に再現することが難しいためです。

回転装置や模擬環境を利用した研究が行われてきた

宇宙酔いの研究では、回転椅子や回転する環境、短時間の微小重力状態を作る放物線飛行、VRなどが利用されてきました。こうした方法では、視覚と前庭感覚の情報を意図的にずらし、どのような条件で酔いが起こるのかを調べることができます。

ただし、地上の装置による刺激と実際の宇宙飛行は同じではありません。宇宙酔いの研究で難しいのは、宇宙へ行く人そのものが少なく、大規模な実験を何度も繰り返すことが容易ではない点です。

そのため、宇宙飛行士が地上訓練に強ければ宇宙酔いもしない、と単純には判断できません。

自律神経の反応をコントロールするAFTEも研究されている

NASAが研究してきた特徴的な方法に、AFTE(Autogenic Feedback Training Exercise)があります。心拍や呼吸など自分自身の生理的反応を認識し、一定程度コントロールできるよう訓練する方法です。

NASAのPsychophysiology Research Laboratoryでは、AFTEを6時間の生理学的トレーニングプログラムとして紹介しています。宇宙酔いや空間識失調への対策として開発され、地上の乗り物酔いを起こす環境でも研究されてきました。

過去の比較研究ではAFTEが有望な結果を示した例があります。ただし、宇宙酔い対策全体を検討した研究では、対象人数が少ないことや研究方法が統一されていないことも指摘されています。

新しい前庭刺激技術なども研究対象になっている

薬以外の対策としては、視覚刺激を変える方法や身体を特定の刺激に慣らす訓練、電気的に前庭系を刺激する方法なども研究されています。

NASAでは、2025年に更新された研究プロジェクトとして、微弱な電気刺激を使うガルバニック前庭刺激(GVS)を利用した乗り物酔い対策も紹介しています。前庭感覚へ人工的な刺激を加えることで、異なる重力環境へ移行した際の感覚の不一致を軽減できないか検討するものです。

ただし、こうした技術が現在すべての宇宙飛行士に標準的な宇宙酔い対策として使われているという意味ではありません。実用化されている対策と研究段階の技術を区別することが重要です。

地上で乗り物酔いしない人でも宇宙酔いする可能性がある

「宇宙酔いは乗り物酔いの一種なら、車や船に強い人は大丈夫なのでは」と思うかもしれません。しかし、地上での乗り物酔いのしやすさだけから、宇宙酔いのしやすさを判断することはできません。

船酔いの強さと宇宙酔いの強さは単純には一致しない

JAXAの解説では、NASAの経験や研究から、船酔いなど地上の乗り物酔いと宇宙酔いとの相関はないとされています。

つまり、船に何時間乗っても平気な人が宇宙では酔う可能性があります。反対に、地上では乗り物酔いしやすい人だからといって、必ず強い宇宙酔いを起こすとも限りません。

地上の乗り物酔いと宇宙酔いには感覚情報の食い違いという共通点がありますが、宇宙では重力環境そのものが変化します。この条件の違いが、単純な予測を難しくしています。

宇宙飛行士だから宇宙酔いしないわけではない

宇宙飛行士には体力、健康状態、判断力など非常に高い水準が求められます。それでも、宇宙酔いは本人の精神力だけで防げるものではありません。

実際、宇宙飛行士自身による宇宙酔いの経験も数多く公開されています。古川聡宇宙飛行士はJAXAのインタビューで、初めて体験した身体変化として宇宙酔いと体液シフトを挙げ、頭を動かすと気持ち悪くなった経験を紹介しています。

「宇宙飛行士は訓練しているから酔わない」というイメージは正確ではありません。訓練された宇宙飛行士でも宇宙酔いは起こり得るため、症状が起こることを前提として健康管理や対策が考えられています。

宇宙に慣れた後も地球へ帰ると「重力酔い」が起こることがある

宇宙酔いが治まれば平衡感覚の問題が完全に解決するわけではありません。脳が微小重力へ適応した状態で地球へ帰還すると、今度は地球の重力へ適応し直す必要があります。

宇宙に適応した脳には地球の1Gが再び新しい環境になる

宇宙へ到着した直後は、地球仕様だった感覚処理を微小重力仕様へ切り替える必要があります。数日から一定期間滞在すると、脳は微小重力環境で身体を動かすことに慣れていきます。

ところが地球へ戻れば、約1Gの重力が再び加わります。内耳や筋肉から伝わる情報も大きく変わるため、今度は宇宙環境に適応した脳が地上環境へ再適応しなければなりません。

その過程で、めまいやバランスの問題、乗り物酔いに似た症状が現れることがあります。JAXAでは、こうした症状を「重力酔い」として紹介しています。

帰還後はバランスや歩行能力も重要になる

地球や将来の月・火星への着陸では、単に気分が悪いかどうかだけが問題になるわけではありません。着陸後に自力で移動したり、機器を操作したりする能力にも重力環境の変化が影響します。

NASAのHuman Research Programでは、重力環境が変わることで乗り物酔い、めまい、手と目の協調、歩行などに問題が生じる可能性を研究しています。

特に月や火星への有人探査では、地球とは異なる重力へ到着した直後から宇宙飛行士自身が活動しなければならない場面が想定されます。そのため宇宙酔い研究は「吐き気を止める研究」だけではなく、重力が変わった直後でも安全に仕事ができる状態をどう維持するかという研究でもあります。

薬だけでは解決できない理由もここにある

宇宙酔い対策に薬が有効であっても、眠気や注意力低下などが起これば、重要な作業を行う宇宙飛行士には別の問題が生まれます。一方、訓練だけで全員の症状を完全に防げるという十分な根拠もありません。

2023年のシステマティックレビューでは、薬を使用する方法と使用しない方法の双方に有望な研究結果がある一方、研究数、対象人数、評価方法などにばらつきがあり、どの方法が最も優れているかを断定できないと結論づけています。

現実的な宇宙酔い対策は、薬・訓練・行動上の工夫・作業計画などのうち一つだけに頼るのではなく、宇宙飛行士の状態やミッションに合わせて複数の方法を組み合わせる方向になると考えられます。

宇宙飛行士の宇宙酔い対策は薬と適応支援を組み合わせて考える

まとめ
まとめ

宇宙飛行士の宇宙酔いは、微小重力になったことで視覚、内耳、筋肉などから脳へ入る情報が地上とは変わり、感覚の食い違いが生じることが主な原因と考えられています。吐き気や嘔吐だけでなく、頭痛、めまい、倦怠感、食欲低下などが現れる場合があります。

対策としては、症状を抑える薬、飛行初期に頭を激しく動かしすぎないといった行動上の工夫、AFTEをはじめとする訓練などが研究・利用されてきました。ただし、訓練によってすべての宇宙飛行士が宇宙酔いを完全に予防できるわけではありません。

多くの場合は数日程度で脳が微小重力環境へ適応し、症状も治まっていきます。一方、地球へ帰還すると今度は地球の重力へ再適応する必要があり、重力酔いやバランスの問題が起こることがあります。

結局のところ、宇宙酔い対策で最も重要なのは「絶対に酔わない方法」を一つ見つけることではなく、症状をできるだけ抑えながら重力環境の変化へ安全に適応できるようにすることです。月や火星への有人探査が進むほど、着陸直後から活動できる宇宙飛行士を支える技術として、宇宙酔い対策の重要性はさらに高まると考えられます。

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