イプシロンロケットとH3ロケットは、どちらも日本の宇宙輸送を支えるロケットですが、単純に新旧の関係にあるわけではありません。大きな違いは、イプシロンが小型衛星向けの固体燃料ロケット、H3が大型衛星や探査機などにも対応する大型の液体燃料ロケットとして設計されている点です。
現在は従来型イプシロンを発展させた「イプシロンS」の開発が進められており、H3と部品や技術を共通化する取り組みも行われています。この記事では、イプシロンロケットとH3の違いを、大きさ、燃料、打ち上げ能力、用途、コストの考え方までわかりやすく比較します。
イプシロンロケットとH3の違いは「小型衛星向け」と「大型輸送向け」

最初に結論を整理すると、イプシロンロケットとH3は競合する同じ種類のロケットではなく、主に担当する衛星の大きさやミッションが異なります。
| 比較項目 | イプシロンS | H3 |
|---|---|---|
| 主な位置づけ | 小型ロケット | 大型ロケット |
| 主な対象 | 小型衛星・超小型衛星など | 大型衛星・探査機・補給機など |
| 全長 | 約27m | 約57~63m |
| 直径 | 約2.6m | 第1段・第2段約5.2m |
| 全備質量 | 約99t | 最大約575t |
| 基本的な推進方式 | 固体3段式+小型液体推進系 | 液体2段式+必要に応じ固体ブースター |
| SSOへの打ち上げ能力 | 600kg以上 | 4t以上 |
| 主な打ち上げ場所 | 内之浦宇宙空間観測所 | 種子島宇宙センター |
「H3のほうが高性能だからイプシロンは不要」という関係ではありません。自動車でたとえるなら、大量の荷物を運ぶ大型トラックと、小さな荷物を目的地へ効率よく運ぶ小型車では役割が違うのと似ています。
大きな衛星を運ぶのであればH3の能力が必要ですが、小型衛星だけを打ち上げたい場合には、巨大なロケットを使うことが常に合理的とは限りません。そのため日本では、異なる需要をカバーする2種類の基幹ロケットを整備する考え方が採られています。
イプシロンは小型衛星の需要を重視している
イプシロンシリーズは、小型衛星を柔軟かつ効率的に宇宙へ送り届けることを重視しています。近年は地球観測や技術実証などで小型衛星の利用が広がっており、大型衛星とは異なる打ち上げ需要があります。
特に小型衛星では、別の大型衛星と同乗する「ライドシェア」だけでなく、自分の衛星に適した時期や軌道を選びやすい専用打ち上げにも価値があります。イプシロンSは、こうした市場で競争力を持つことを目標に開発されています。
H3は日本の大型宇宙輸送の中心を担う
H3はH-IIA・H-IIBの後継として開発された大型ロケットです。地球を周回する人工衛星だけでなく、静止衛星や月・惑星探査など、より大きなエネルギーを必要とするミッションまで幅広く対応できる設計になっています。
搭載する第1段エンジンの数や固体ロケットブースターの本数を変更できる点も特徴です。衛星の重量や投入する軌道に合わせて機体構成を変えることで、さまざまな打ち上げ需要に対応します。
最大の構造上の違いは固体燃料と液体燃料

イプシロンとH3を理解するうえで重要なのが、ロケットを飛ばすための推進方式です。イプシロンSは固体ロケットモータを中心に構成されるのに対し、H3の中心となる第1段と第2段は液体酸素と液体水素を使用します。
イプシロンSは固体ロケットが中心
固体ロケットは、燃料と酸化剤を混ぜた固体の推進薬をモータ内部にあらかじめ充填しておき、それを燃焼させて推力を得る仕組みです。構造を比較的シンプルにしやすく、液体燃料を使用する大型ロケットとは運用方法も異なります。
イプシロンSは固体3段式で、最後の細かな軌道調整などには小型液体推進系を利用します。つまり「完全にすべてが固体燃料」というより、主な加速を固体ロケットで行い、衛星を狙った軌道へ送り込むための細かな制御には別の仕組みも組み合わせています。
H3は液体水素と液体酸素を使う大型ロケット
H3では、第1段にLE-9、第2段にLE-5B-3という液体ロケットエンジンを使用します。液体燃料ロケットは燃料や酸化剤をタンクからエンジンへ送り込みながら燃焼させるため、固体ロケットよりシステムは複雑になります。
その代わり、液体エンジンは飛行計画に合わせた制御を行いやすく、大型衛星を高い軌道へ運ぶようなミッションにも適しています。H3では機体形態によって第1段のLE-9を2基または3基搭載します。
H3にも固体ロケットは使われている
「イプシロンは固体、H3は液体」と覚えるとわかりやすいものの、H3が液体燃料だけを使うとは限りません。H3には必要に応じてSRB-3という固体ロケットブースターを0本、2本、4本搭載する構成があります。
大型衛星などを運ぶ際には、打ち上げ直後に大きな推力が必要になるため、固体ブースターを追加して加速を補います。一方、H3-30形態のように固体ブースターを搭載せず、3基のLE-9エンジンだけで離昇する構成もあります。
大きさと打ち上げ能力はH3が圧倒的に大きい

外見で比較した場合も、イプシロンSとH3には大きな差があります。イプシロンSの全長は約27mですが、H3はフェアリングの種類によって約57mまたは63mあります。長い形態では高さが2倍以上です。
機体質量には約6倍近い差がある
イプシロンSの全備質量は約99tです。一方、H3の大型構成であるH3-24Lは約575tとなっています。単純比較ではH3はイプシロンSの約5.8倍の重量です。
ただし、ロケットそのものが重いことが優秀さを意味するわけではありません。H3は大量の燃料を搭載し、大型衛星を高い軌道まで運ぶ必要があるため、必然的に機体も大型になります。イプシロンSは小型衛星輸送に合わせた規模に抑えられています。
太陽同期軌道への能力にも大きな差がある
地球観測衛星などでよく利用される太陽同期軌道、いわゆるSSOへの能力を比較すると違いが明確です。イプシロンSは高度700kmまでの太陽同期軌道へ600kg以上を投入できる能力が示されています。
H3は高度500kmの太陽同期軌道へ4t以上を投入できる能力を持ちます。高度などの条件が異なるため数値を完全に同条件で比較することはできませんが、輸送できる重量のクラス自体が大きく違うことはわかります。
H3は静止衛星や深宇宙ミッションにも対応できる
H3は静止トランスファー軌道で6.5t以上の打ち上げ能力を持つ構成があります。静止トランスファー軌道とは、通信衛星や気象衛星などを最終的な静止軌道へ移動させる途中で利用される楕円軌道です。
さらにH3は地球周回軌道だけを目的としたロケットではありません。地球の重力圏を離れる探査ミッションにも利用できる能力を持ち、2026年10月には火星衛星探査計画MMXをH3ロケット10号機で打ち上げる計画が公表されています。
重量数百kg程度の小型衛星を運ぶことに重点を置くイプシロンSと、数t級の衛星や探査機まで扱うH3では、そもそも想定している「荷物の大きさ」が違います。
用途の違いを見ると2種類のロケットが必要な理由がわかる

日本がイプシロンとH3の両方を整備している理由は、人工衛星と一口にいっても、大きさや目的、希望する軌道が大きく異なるためです。単純に最大能力だけでロケットを選ぶわけではありません。
イプシロンSは小型衛星を専用で打ち上げたい場合に向く
小型衛星を大型ロケットに載せること自体は可能です。H3などの大型ロケットで複数の衛星をまとめて運べば、ロケット1機の能力を効率よく利用できます。
しかし、相乗りでは主衛星のスケジュールや軌道が優先される場合があります。小型衛星側が「この時期に、この軌道へ打ち上げたい」と考えたとき、専用の小型ロケットには大きな意味があります。
そのため、イプシロンの価値を考えるときは最大積載量だけではなく、小型衛星の都合に合わせた打ち上げサービスを提供できるかという視点が重要です。
H3は大型衛星だけでなく複数の小型衛星にも対応できる
反対に、H3は大型衛星しか載せられないわけではありません。十分な搭載能力を生かし、複数の小型衛星を同時に運ぶこともできます。2026年6月に打ち上げられたH3ロケット6号機の30形態試験機でも複数の小型副衛星が搭載されました。
多数の衛星を一度に同じような軌道へ投入したい場合には、大型ロケットの搭載能力を活用する方法が合理的になることがあります。つまり、小型衛星だから必ずイプシロンというわけでもありません。
「どちらが優秀か」ではなくミッションとの相性で決まる
ロケットの選択では、衛星重量、衛星サイズ、目的軌道、打ち上げ時期、利用できる予算などを総合的に考える必要があります。そのため、H3の打ち上げ能力がイプシロンSより大きいという事実だけで優劣を決めることはできません。
イプシロンSとH3は違うロケットなのに部品を共通化している

イプシロンSとH3について調べると「シナジー」という言葉が頻繁に登場します。2種類のロケットは大きさも推進方式も異なりますが、日本のロケット開発・製造基盤を効率化するため、一部の技術や部品を共通化しています。
H3のSRB-3技術をイプシロンSの第1段に利用する
代表例が固体ロケットモータです。従来の強化型イプシロンでは、H-IIA・H-IIBで使われていた固体ロケットブースターSRB-Aの技術を第1段に利用していました。
H-IIAからH3への世代交代に伴い、イプシロンSではH3用に開発されたSRB-3をベースとする第1段へ移行します。ただし、H3ではSRB-3を補助ブースターとして使うのに対し、イプシロンSではロケット本体の第1段として使うため、まったく同じ状態で搭載するわけではありません。
共通化すると開発費だけでなく生産基盤にもメリットがある
部品の共通化には、一から別々の部品を開発する必要を減らせるメリットがあります。さらに、同じ系列の部品を複数のロケットで使用すれば、生産量をある程度まとめやすくなり、製造設備やメーカーの技術を維持しやすくなります。
宇宙ロケットは自動車のように大量生産する製品ではありません。年間の製造数が少ないため、2種類のロケットですべてを別設計にすると、部品供給や人材、設備をそれぞれ維持する負担も大きくなります。
イプシロンSとH3の共通化は、「同じロケットにする」ためではなく、異なる役割を持つ2機種を効率よく維持するための取り組みです。
開発・運用を担当する企業にも違いがある
H3はJAXAと三菱重工業が共同で開発してきたロケットで、打ち上げ輸送サービスについても三菱重工業が中心的な役割を担います。
イプシロンSでは、JAXAとIHIエアロスペースが開発を進めています。将来的な打ち上げ輸送サービスを自立的かつ持続可能な事業として展開することも、イプシロンSプロジェクトの重要な目的です。
つまり、日本が2種類の基幹ロケットを持つことには、輸送能力を使い分けるだけでなく、複数の企業にまたがる宇宙産業の技術基盤を維持するという意味もあります。
打ち上げ価格は単純に「小さいイプシロンのほうが安い」とは限らない

ロケットの違いを調べる際に気になるのが打ち上げ費用です。しかし、イプシロンSとH3については、機体の大きさだけを見て「イプシロンSのほうが必ず安い」と判断するのは適切ではありません。
H3には低コスト化そのものが重要な開発目標としてある
H3はH-IIAの後継として、打ち上げサービスの価格競争力を大きく高めることを目標に開発されました。代表的なH3-30Sについては、量産が安定した段階など一定条件の機体価格として約50億円を目指すという開発目標が示されてきました。
ただし、この金額はすべてのH3打ち上げに一律で適用される料金ではありません。ロケットの構成やミッション条件、サービス範囲によって実際の費用は変わるため、「H3は必ず50億円」と考えないほうがよいでしょう。
イプシロンSも国際市場で競争できる価格を目指している
イプシロンSについても、単に従来型を改良するだけではなく、小型衛星打ち上げ市場で国際競争力を持つことが重要な目標になっています。H3との部品共通化や運用効率化も、そのための取り組みです。
一方で、H3と同じ条件で比較できる固定の標準価格が常に公開されているわけではありません。そのため、公開されている古い資料の金額だけを並べて「1回当たりはこちらが安い」と断定するのは避ける必要があります。
衛星1kg当たりの安さと専用打ち上げの価値は別物
大型ロケットでは一度に大量の衛星を輸送できるため、搭載重量1kg当たりで考えると効率的になる場合があります。多数の衛星をまとめて打ち上げるライドシェアでは、この特徴を生かしやすくなります。
しかし衛星事業者にとって重要なのは、kg当たりの輸送単価だけではありません。希望するタイミングや軌道へ投入できるか、衛星を射場へ運んでからどれだけ早く打ち上げられるかといった条件も事業全体のコストに影響します。
2026年現在のイプシロンSとH3の状況

イプシロンロケットとH3の違いを調べる際は、両者の現在地も区別しておく必要があります。H3はすでに実際の衛星打ち上げに使用されている一方、イプシロンSは実証機の打ち上げへ向けた開発が続いています。
H3はすでに実運用段階に入っている
H3は2023年3月の試験機1号機で第2段エンジンが着火せず、打ち上げに失敗しました。その後対策が行われ、2024年2月の試験機2号機では所定の軌道への投入に成功しています。
以降も衛星の打ち上げに利用され、2025年12月の8号機では打ち上げ失敗が発生したものの、2026年6月の6号機30形態試験機、2026年8月11日の9号機による準天頂衛星「みちびき7号機」の打ち上げはいずれも所定のミッションを達成しています。
2026年9月時点では、H3は開発試験だけを行っているロケットではなく、日本の大型宇宙輸送を実際に担う段階にあります。
イプシロンSは実証機に向けた開発段階
従来型のイプシロンロケットは2013年に初号機が打ち上げられ、その後、強化型を含め6号機まで飛行しました。2022年10月の6号機は、衛星を予定軌道へ投入できる見込みがないと判断されたため指令破壊され、打ち上げ失敗となっています。
後継となるイプシロンSでは第2段モータの開発中にも燃焼異常が発生し、設計や試験計画の見直しが進められてきました。2026年7月23日には新たな第2段モータM-35aの地上燃焼試験が種子島宇宙センターで実施され、試験は正常に終了したとJAXAが発表しています。
2026年9月時点でIHIエアロスペースはイプシロンS実証機を2026年度の打ち上げ予定として案内しています。ただし、開発中のロケットでは試験結果などによってスケジュールが変更される可能性があるため、実際の打ち上げ日は最新の公式発表を確認する必要があります。
現在の違いを一言で整理すると「運用中のH3」と「開発中のイプシロンS」
両者を比較するときに見落としやすいのが、現在の成熟段階の違いです。H3にはすでに複数回の飛行実績がありますが、イプシロンSは従来型イプシロンとは別の新しい機体として実証機打ち上げを目指している段階です。
そのため、イプシロンSについて公表されている性能やサービス目標には、今後の実証を経て確認されるものも含まれます。スペック表だけを比較するのではなく、実際の運用実績があるかどうかも含めて見ると、両ロケットの現状を正確に理解できます。
イプシロンロケットとH3の違いをまとめると役割の違いが重要
イプシロンロケットとH3の最大の違いは、イプシロンSが小型衛星向けの小型固体ロケット、H3が大型衛星や探査機まで運べる大型液体ロケットであることです。
イプシロンSは全長約27m、全備質量約99tで、固体3段式を基本とし、太陽同期軌道へ600kg以上を投入する能力を持つ計画です。一方のH3は全長約57~63mで、大型形態では約575t。太陽同期軌道へ4t以上、静止トランスファー軌道へ6.5t以上を投入できる能力があります。
ただし両者は完全に独立した存在ではありません。H3のSRB-3技術をイプシロンSの第1段へ活用するなど、部品や技術を共通化し、開発・製造を効率化する「シナジー」が重視されています。
結局のところ、「どちらのロケットが上か」と比較するより、運びたい衛星とミッションによって役割が分かれていると考えるのが適切です。大量輸送や大型衛星、探査ミッションではH3、小型衛星を柔軟に打ち上げる需要ではイプシロンSという形で、2種類を使い分けることが日本の宇宙輸送能力を支える仕組みになっています。



